黒川 宗照 (くろかわ むねてる)
千葉県出身 1982年生まれ
明治大学法学部法律学科卒業 元行政書士
株式会社TumaVeni 代表取締役
趣味:家庭的フランス料理研究。日本酒愛好家
座右の銘:手放せば手に入る
尊敬する人:釈迦、イエス・キリスト、ジョージ・バーナード・ショー(小説家)ジェイミー・オリバー(シェフ)
概略
ネイルサロン経営4店舗【ラピッドネイル 葛西・西葛西・一之江(売却)、ネイルマイエス秋葉原】
2013年 100万円の投資資金でネイルサロンを開店。毎年1店舗ずつ出店し、
月商400万を達成し、現在は1店舗を売却し、サロン事業の新しい形を創造中。
略歴
高校時代は、千葉の木更津高校に通い、毎日テニスに明け暮れる。
テニスをしに学校にいっていた気がする。
数学や物理が苦手、暗記の方が得意だ。という理由だけで、弁護士になろうと思い、法学部を目指す。
そして、なんとか明治大学の法学部に入学するも、弁護士試験の予備校に通うと、とても自分の頭では無理だと早めに悟り、大学を中退して、美容師の学校にいこう!!と思ったが、決心ができず、そのまま楽しい大学生活を送る。
そして、法学部なのに何故か比較宗教文学のゼミに入り、高野山にいったり、熊野を歩いたり、那智のお寺でお坊さんとドンちゃん騒ぎをしたり、最終的に、フランスの恋愛文学の卒論を書いて卒業。
周りが就活で、銀行や広告代理店を目指す中、アルバイトをしたことがあったメガネ店に就職。
就職の理由も、全国転勤がなくて、東京に住み続けられ、遊べる。満員電車に乗らなくて良い。仕事が楽そうだ。
という、社会不適合の模範解答のような理由で就職。店長を経験し、2年半働いて、退職。
金持ち父さん貧乏父さんを読み、これは独立しなくてはいかん!という思いがつのり、デザインに興味があったことを思い出し、メイクの学校と、ネイルの学校の2つを見学しにいって、ネイルは施術中にトークができないから、メイクだなと思い、メガネ屋で貯めた100万円で、働きながら夜間のメイク学校に通う。
しかし、メイク学校に行ってわかったのは、化粧品会社に就職しなくちゃ独立しずらいとわかる。
また、個人的趣味か?ド派手なギャルメイクしかできず、諦める。
その後就職せずに、フラフラしながら、グラフィックデザインの学校に通い、今度は、デザイナーになろうと思い
印刷会社に就職。生来ざっくりした性格なのに、デザインナーではなく、校正がメインの仕事にうっかりついてしまう。
細かい指示に対応できず、「お前は犬以下だ!!」という、今ならパワハラで訴えることができそうな、団鬼六のSM小説バリの罵詈雑言シャワーを浴びる辛い毎日を送る。当時は、毎日金魚(ピンポンパール)になりたいと思っていた。
その心的ストレスで、重度の目の結膜炎になり、1週間、目が激痛で開かなくなり、目の見えない暗闇の生活を送り、
あえなく6ヶ月で退職。
その後、WEBや、介護の学校などに通いながら、ホームページで出張ネイルのサイトを作ると、これが当たった。
ネイルのイベントで、博報堂やトヨタ、第一生命などの大手からの仕事もとれ、
個人の出張客の注文が取れるようになり、28歳で独立。
ネイルの事を何にも知らなかっため、ネイルの本を大量に買ってよみ、黒崎えり子のDVDを見て、
友人の女の子のネイルサロンについていって、知識をつける。
その後、ネイルの仕事をしながら、友人で先輩経営者が行政書士事務所を開いたので、
自分も行政書士資格を取ろうと思い、勉強する。
毎日ドトールで3、4時間を勉強し、法学部も出てるんだから受かるだろうと思っていたが、落ちる。
絶対受かるまで、受け続けると決意し、2度めの挑戦。また、落ちる
3度目の正直で、なんとか合格ラインで受かるという奇跡を起こす。大学合格以来の嬉しさだった。
そして先輩経営者の行政書士法人設立に参画する。
しかし、出張ネイルのイベントと、行政書士の仕事を自分で営業して食いつなぐも、
収入が安定せず、これでは暮らしていけないと思ってた時、
その先輩経営者とタイに旅行に行ったときに、「店出してみれば?」と言われ、
「よし出してみよう!」と思い、帰国して、すぐに店探しを始める。
すると、当時住んでいた葛西の隣の西葛西に、安い物件を見つける。
ここなら良さそうだと思い契約し、ラピッドネイル西葛西店を開く。
当時の運転資金は、3ヶ月分しかなく成功するかどうかは、賭けだったが、
地域広告とホームページ、ネイルの価格があたり、初月で30万の売上が取れ、採算があい、軌道にのれた。
その後順調にお客さんと働いてくれる、ネイリストが増え、店舗も増やして、
設立5年で、4店舗、年間来客数1万人のサロンにする。
現在は、ネイルサロンを経営しながら、ネイルサロン経営の支援をしている。
ネイルサロンは開業しやすいため、競争がはげしく、すぐ潰れるサロンが多い。
そんな中で、ネイルサロンを安定的に経営する方法を、自分の経験と知識を提供し、サポートしています。
投資資金100万円で、月商400万を達成。
その後安定経営するも、育児休業ラッシュや、有給義務化により、人件費が逼迫。
労働集約的サービス業であるネイルサロンの課題を身をもって体験する。
そして、美容業界あるあるの従業員大量退職の洗礼をうけ、
経営の合理化を推進し、現在は一之江店を事業譲渡し、3店舗を経営する傍ら
人生と仕事で、修羅場を乗り越えて、最終的に人間とは何か、人生ってなんでしょう?ビジネスとは?疑問が湧き
哲学・宗教・芸術を学び探求し、一つの信念を得る。
画家岡本太郎が、
人生即芸術といったように
経営はアートである、【経営即芸術】とし、創造的ビジネスを頼むことを是としています。
そして、日々、料理を愉しみ、四十にして迷わないように、精進中。
